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東京高等裁判所 昭和61年(う)428号 判決

被告人 田中孝一

昭一九・八・二〇生 自動車解体業

主文

原判決を破棄する。

本件を水戸地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、検察官岸肇作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人梅沢錦治作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、原裁判所が検察官の訴因変更請求を許可しなかつた措置は、控訴事実の同一性の範囲に関する解釈を誤つた結果訴訟手続の法令違反を犯し、ひいては量刑不当を来したものである、というのである。

よつて、原審記録に徴して調査すると、所論昭和六〇年一一月八日付起訴状による控訴事実は、『被告人は、「よつちやん」こと小林某と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、昭和六〇年一〇月二六日午後五時三〇分ころ、栃木県芳賀郡二宮町大字久下田五四三番地の被告人方で、右小林をして自己の左腕部に覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン約〇・〇四グラムを含有する水溶液約〇・二五ミリリツトルを注射させ、もつて、覚せい剤を使用した』というものであるが、検察官は、原審第一回公判期日前に、同年一一月二五日付訴因変更請求書により、右控訴事実を、『被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和六〇年一〇月二六日午後六時三〇分ころ、茨城県下館市大字折本七五二番地の一所在、スナツク「珊瑚」店舗内で、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン約〇・〇四グラムを含有する水溶液約〇・二五ミリリツトルを自己の左腕部に注射し、もつて覚せい剤を使用した』との訴因に変更する旨請求し、原審第三回公判期日においても再度同旨の請求をしたところ、原裁判所は、いずれの請求についても、訴因変更を許可しない旨の決定をし、審理の結果右控訴事実につき無罪を言い渡し、これと併合罪の関係にあるものとして起訴されている、昭和六一年一月二一日付起訴状による公訴事実(覚せい罪譲り受けの事実)につき、被告人を懲役八月、執行猶予三年に処する旨の判決を言い渡したことが明らかである。

そこで前記覚せい剤使用の公訴事実にかかる訴因と変更請求にかかる訴因が公訴事実の同一性の範囲内にあるかどうかの点につき判断するに、原審記録及び原審で取り調べた証拠によると、昭和六〇年一〇月二八日午前一一時一五分ころ採取された被告人の尿中から覚せい剤が検出され、右採尿時被告人の左腕部に真新しい注射痕が一個存したことが警察官により確認されているところ、被告人は、当初、捜査官に対し、同月二六日午後五時三〇分ころ、自宅で、かねて顔見知りの通称よつちやんこと小林某から、かつて同人に売り渡した自動車車輪のタイヤの代金に代えて、同人所持の覚せい剤粉末の一部を水溶液にして自己の左腕部に注射して貰つたので、自己の尿中から検出された覚せい剤は、右の使用によるものである旨供述し、検察官は、右供述に依拠して、前記のとおり、昭和六〇年一一月八日に被告人を起訴したが、その後、同月二一日になつて被告人は、起訴前における右供述を翻し、よつちやんこと小林某は実在するものの、右供述は後記木村道雄をかばうためにした全く虚偽のものであつて、訴因に示されているような、右小林某から覚せい剤を注射して貰つたという事実は存せず、尿から覚せい剤が出たのは、木村道雄から譲り受けて所持していた覚せい剤を昭和六〇年一〇月二六日午後六時三〇分ころ、茨城県下館市大字折本七五二番地の一所在の被告人の経営するスナツク「珊瑚」店内で、自らこれを水溶液にし左腕部に注射して使用したことによるものである旨を供述するに至つたところから、検察官は、前記のとおり、同年一一月二五日付で、右新供述に沿う訴因への変更を請求したことが認められる。そして、原審記録並びに原審及び当審で取り調べた証拠に徴すると、本件において、検察官は、前記被告人の尿中から検出された覚せい剤にかかる本件逮捕(同年一〇月二八日)に直近する一回の使用行為を訴追する趣旨で、これが当初の訴因記載の日時、場所及び態様におけるものとして起訴したところ、前記の経緯で、右使用行為は、右訴因記載のようなものでなく、同訴因記載の時間の約一時間後の、訴因記載の場所から約一・八キロメートルの距離にある、変更請求にかかる訴因に示された場所におけるものであり、かつ、その態様は被告人自らが自己の左腕部に注射するというものであることが判明したとして、本件訴因変更請求に及んだことが明らかであり、かつ、右の変更請求にかかる訴因に示された日時以降逮捕時迄に被告人が覚せい剤を使用した証跡はない。以上のような事実関係の下においては、当初の訴因事実と変更請求にかかる訴因事実とは、同一の社会的、歴史的事象に属し、基本的事実関係を同じくするものとして、公訴事実の同一性の範囲内にあると解するのが相当である。

してみると、本件訴因事実と検察官の変更請求にかかる訴因事実とが公訴事実の同一性を欠くものとして本件訴因変更を許可しなかつた原裁判所の措置は、公訴事実の同一性の範囲に関する判断を誤つた結果本来許可すべき訴因変更を許可しなかつたものとして、訴訟手続の法令違反にあたり、右の違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。そして右違反にかかる公訴事実は原判決が有罪を認めた公訴事実と刑法四五条前段の併合罪の関係にあるものとして起訴されているから、その余の論旨につき判断するまでもなく、原判決はその全部について破棄を免れない。

よつて刑訴法三九七条一項、三七九条により、原判決を破棄し、原裁判所において、本件訴因変更を許可したうえ、さらに量刑事情等につき審理を尽くす機会を与えるため、同法四〇〇条本文により、本件を水戸地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 時國康夫 礒邊衛 坂井智)

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